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2007年10月

2007年10月31日 (水)

自力更生するためには、他人の力が必要?

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※ 画像はイメージです。

北の媒体 "空拳で '自力更生'する時代は過ぎた"

外部の支援が必要な現実に'自力更生'の意味を転換

朴賢敏記者 [2007-10-31 10:21]

 朝鮮労働党が90年代半ば以後、深刻な経済難の中でも掲げ続けてきたスローガン'自力更生'にも、最近になって変化の兆しが見られる。

 北朝鮮の労働党の機関紙、労働新聞は30日、'自力更生の旗印を更に高く掲げて進もう'という題の社説で、"世界の中に朝鮮がある"と述べ"我々が自力更生を強調することは、決して国際的な経済関係を無視したまま、経済の建設を急き立てようということではない"と伝えた。

 労働新聞は自力更生の性格が、古い技術や方法を動員しても、無条件に自主的に解決すればよかったが、今は'現代的科学技術'と'実利'に基づいた自力更生に変わらなければならないと強調した。

 更に、"科学技術を無視して科学に基づいていないのは、革命をしないということと同様"と述べ、"世界的な先端技術を自分の物として作り、それを積極的に活用したら、それが自力更生"と力説した。

 また、"空拳で生産と建設を急き立てた時期は過ぎ去った"と述べ、"自らの力ですると言いながら、古い技術や古い方法を踏襲して、経験主義に頼り、現代の科学技術を無視することは、今日の自力更生とは無縁である"と主張した。

 労働新聞は更に、こうした科学技術に基づいた自力更生の戦略として、科学技術の人才の育成、発掘、動員を最も重要な課題としてあげた。特に、"自力更生では実利が基本"という最新の命題も提示した。

 引き続き、"我が党が立てた21世紀の自力更生は、実利に基づいた自力更生"であり、"人民が徳を見られずに、国家に利益を与えることができない経済事業は、何の意義もない"と伝えた。

 また、実利主義がある個別の単位の利得ではない、全社会的、全国家的次元の実利という認識を持たなければならないと付け加えた。

 労働新聞は自力更生の意味をこのように新しく規定し、"我々式の社会主義を最後まで輝かせるには、この(自力更生)路線、この精神から少しでも離脱してはならない"と、体制固守の意志を明らかにした。

 同新聞はまた、"災いは外勢依存から来て、福は自力更生から来る"と述べ、"今後、どのような風が吹いても、我々の経済管理分野で、社会主義的なことと縁がない、どんな些細な要素も取り付くことはできないだろう"と強調した。

 特に、"資本主義的な要素が取り付きやすいのが経済分野"と言い、"自らの力で難関をくぐって出る意志がなければ、異色な非社会主義的要素が入って来るようになり、社会主義の物質的基礎が揺らぐことになる"と重ねて主張した。

 これは南北経協と国際交流などで、外部世界の資本主義的要素が入って来ても、決して社会主義体制の維持に対する障害物になってはならず、実利的な自力更生戦略で、現体制を固守していくという意志を明らかにしたものと見られる。

 労働新聞は"社会主義こそ自力更生"と主張し、新世代も"革命の先輩"らが固守してきた、自力更生の精神と伝統を引き継がなければならないと促した。

 こうした主張は最近、金正日総書記が平壌を訪問した、ベトナムのノン・ドク・マイン共産党書記長に、ベトナム式改革・開放路線である'ドイモイ'政策を学ぶという主旨の発言をしたと伝えられたのとは相反するものだ。

 今回の労働新聞の社説は、積極的な開放の意志を明らかにしたものというよりは、自立能力を喪失した国家経済の再建のために、外部の支援をもらうしかないため、'自力更生'に対する新しい解釈を試みたものと思われる。

韓国・デイリーNK(北朝鮮専門ニュースサイト)

http://www.dailynk.com/japanese/read.php?cataId=nk00100&num=1353

 

【自力更生】 他の力を頼らず、自分の力によって立ちなおること。 [ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E8%87%AA%E5%8A%9B%E6%9B%B4%E7%94%9F&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=09765209406000

 

 外国からの支援がなければ何もできない北朝鮮が、『自力更生』という言葉の意味を換えてしまいました。

 外国の助けを借りて立て直すことは自力更生ではないのですが、それではメンツが保てないようです。

 無意味ですね♪

 

 

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2007年10月30日 (火)

韓国の謝罪の二枚舌

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■<取材日記>日本の謝罪の「二重定規」

♯1.1984年9月6日。韓国の国家元首としては初めて全斗換(チョン・ドゥファン)当時大統領が日本を公式訪問した。韓国大統領の初の国賓訪問に日本は多くの準備をした。核心は両国の過去の事件に関する言及だった。

 到着当日、昭和天皇が主催する宮廷夕食会で昭和天皇は準備した資料を読み下した。「今世紀の一時期に両国間に不幸な過去があったことはまことに遺憾であり、また繰り返されてはいけないと思います」

 翌日、中曽根康弘当時日本首相の昼食会での演説も同じだった。「貴国及び貴国民に多大な苦難を抱かせた事実を否定することはできません。こうした過ちに対し、深い遺憾の念を抱くと同時に…」「遺憾」という言葉があるだけで、真の謝罪として受け入れられた表現はなかった。元はといえば65年韓日協定を結ぶときも、当時、椎名悦三郎外相は36年間の日帝植民統治に対し「謝罪」という単語は使わなかった。

♯2.今月26日、金大中(キム・デジュン)拉致事件の真相調査発表と合わせて柳明桓(ユ・ミョンファン)駐日大使が日本の外務省に訪問打診をした。調査結果が出たので、その経過を説明し、遺憾の意を表するためだ。しかし日本の外務省は忙しい日程を理由に面会を拒否した。読売新聞は27日朝刊で、日本の外務省関係者の話を引用「『韓国の公権力が日本国内で行使されたという主権侵害があったにもかかわらず韓国側から明確な謝罪もなく、『遺憾』という言葉で済まされてはいけない」という意見が日本政府で強力に提起されたからだ」と伝えた。

 これに先立ち、日本の外務省は24日、韓国政府に公式謝罪を要請した。「君たちはきちんと謝罪をせずにどうして私たちにばかり謝罪を要求するのか」という国粋主義的主張をしようとするのではない。ただ変なのは二重定規ではないかということだ。日本が韓国に謝罪するときは縮小志向的な一方、謝罪を要求するときはすぎるほど拡大しようとする傾向がある。金大中(キム・デジュン)拉致事件を36年間の主権剥奪と同級の謝罪を要求しては困る。事件直後、金鐘泌(キム・ジョンピル)当時総理が陳謝使節として遺憾の意を示した。なのにまた謝罪を要求する。「遺憾」という表現もいけないと「謝罪」をしろという。定規は相手が誰かによっても変わる。原爆を投下して24万人が超える自国民死亡者をもたらした米国に対して謝罪を要求しなければならないという世論が同じ程度だ。しかし日本政府は謝罪を要求していない。

金玄基(キム・ヒョンギ)東京特派員

韓国・中央日報

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=92383&servcode=100§code=140

 

 まず、この「金大中拉致事件」の主犯は韓国・KCIAであり韓国の国家犯罪だと言うことを指摘させていただきます。

 また、日韓併合は当時の国際法にのっとり合法的に行われたものです。

 合法的なものと国家犯罪を同一レベルで語ることはできず、韓国の一方的な主張は矛盾だらけです。

 犯罪者が開き直って説教しているようにしか見えません。韓国は醜い国ですね。

 

 

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2007年10月29日 (月)

韓国・8月15日・光復節記念式典 ― 祝賀パレードで流れる曲は、日帝時代の大陸侵略の歌!

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「感激時代」 何が韓国人を“感激”させたか

10月29日13時22分配信 産経新聞

 朝鮮半島が日本の支配から解放されて50周年の1995年8月15日、韓国では政府主催の大々的な記念行事が行われた。その目玉が日本統治時代の朝鮮総督府ビルで、その後、韓国の国立中央博物館になっていた建物の解体、撤去だった。

 旧朝鮮総督府ビルについては、撤去か保存かをめぐってかなり微妙な議論があった。しかし「歴史立て直し」を主張していた当時の金泳三政権は、その一環として「民族精気の回復」の名の下に撤去を強行した。

 この年の8月15日、恒例の「光復節記念式典」は各界の要人が参列して光化門前の広場で行われた。旧朝鮮総督府ビルが故宮・景福宮の前面に当たる光化門にあったからだ。記念式典はビルの中央部分のドームをクレーンで撤去する場面がハイライトになった。

 式典は屋外で行われたため、市民もたくさんつめかけた。式典に先立ちブラスバンドによるパレードなどで雰囲気は盛り上がった。その際、バンドの演奏曲の中心になったのが大衆歌謡としてよく知られた「感激時代」だった。明るく軽快で祝賀パレードにはもってこいの曲だった。

 ところが、これが後で大問題になった。歌謡史の専門家たちが「あれは日帝時代の大陸侵略の歌ではないか。それを光復節記念式典でやるとは!」というのである。

 多くの国民は「エッ?」と驚いた。ほとんどの人々は「感激時代」は日本支配から解放された後、その喜びを歌った歌だと思いこんでいたからだ。

 明るく軽快で「歌え、歌え、われらが青春…」と、希望に満ちた若き人生の喜びの歌「感激時代」は、日本支配から解放された“感激の時代”を歌い上げたものではなかったのか?

 「感激時代」は実は日本統治時代のさなか1939年に人気歌手、南(ナム)仁樹(インス)が歌って大ヒットした歌である。時代的背景は満州国建国をはじめ日本の“大陸進出”だった。いわゆる“満蒙開拓”のかけ声の下、多くの日本人が満州(現在の中国、東北3省)に渡った。当時、多くの韓国人たちもまたこの日本の国策に乗って満州に向かった。

 「感激時代」は当時、そうした韓国人たちに“大陸雄飛”の夢と希望を抱かせた歌だったのである。

 それにしても多くの韓国人たちを「祖国解放の感激の歌」と誤解させ続けたほど、あの歌は明るく軽快である。日帝時代は韓国人にとって夢も希望もない“暗黒”だけではなかったようだ。「感激時代」はナツメロ歌謡としてその後も歌われ続け、故南仁樹を記念する歌謡祭も毎年、故郷の慶尚南道晋州市で行われている。(ソウル 黒田勝弘)

最終更新:10月29日13時22分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071029-00000927-san-int

 

 チョーセン人の歴史認識は事実と違うことはよくありますが、終戦の前か後かさえも間違えるなんてかなり重症ですね。

 歴史の捏造・歪曲のやりすぎで本当の歴史もわからないようです!!!

 

 

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2007年10月28日 (日)

脱北者の腎臓、数万円

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脱北者の腎臓を「売買」=秘密裏に移植、報酬数万円-中国

10月27日15時0分配信 時事通信

 【北京27日時事】北朝鮮から中国に脱出した住民が、同国東北部の吉林省などで自分の腎臓を売り、韓国人患者らへの生体間移植が秘密裏に行われている実態が27日までに分かった。臓器を売った脱北者本人が受け取る報酬はわずか数千元(数万円)にとどまるという。複数の移植関係者が明らかにした。

 移植関係者によると、韓国人患者が1~2年前から吉林省などの病院で脱北者をドナー(臓器提供者)として生体間腎移植を受けるケースが相次いだ。周辺の大規模病院から医師が派遣されて移植を行い、患者は手術後、大規模病院に転院するという。関係者は「外国人患者は小規模病院で内緒で手術を受けているケースが多い」と明かした。

 中国に脱出して資金面で窮した北朝鮮住民の中には、臓器を売ってでも生計を立てようとドナーになる希望者がいるとされる。一方、韓国人ら外国人に移植を仲介するサポート組織は、人づてに紹介された脱北者をドナーに生体間腎移植を実施している。脱北者が受け取る報酬は複数の仲介者を通すため、少なくなるのが実情だという。

 最終更新:10月27日19時0分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071027-00000047-jij-int

 

 腎臓を売らなければ生活していけない脱北者。

 そんな国、世界の誰がうらやむのでしょうか?

 崩壊した主体思想をいつまでも手放さない北朝鮮の行く末は哀れです。

 

 

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北京五輪・大気汚染による延期は「ありえない」? ― IOCとUNEP異なる見解

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<北京五輪>大気汚染による延期は「ありえない」、IOC調整委が言明―中国

10月26日16時16分配信 Record China

 2007年10月25日、国際オリンピック委員会(IOC)調整委員会の第9回会議が北京で閉幕し、記者会見に臨んだフェルブルッゲン委員長は「大気汚染により一部競技が延期されるリスクはない」と述べた。

 今年8月、IOC・ロゲ会長が米・CNNテレビのインタビューに対し「大気レベルによっては延期する種目もありうる」とコメントしたことについて、同氏は「メディアが誤って伝えた。竜巻が来たら自転車競技ができないとか、風がなければヨット競技ができないという程度の話にすぎない」と延期の可能性を強く否定し、すでに大気基準はクリアできていることを強調した。

 大気汚染緩和のための予算が当初の123億米ドルを上回ったことについては「都市化が進み、工業や自動車の排気ガスが汚染を加速したのであり、北京オリンピック組織委員会を責められない」と述べ、北京市の汚染対策に一定の評価を示した。(翻訳・編集/WF)

最終更新:10月26日16時16分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071026-00000017-rcdc-cn

 

北京五輪、大気汚染の改善は困難=国連報告書

 【大紀元日本10月27日】国連環境計画(UNEP)はこのほど、北京市の大気汚染は来年のオリンピック開催までに著しい改善は見込めないと示した。この報告書は、来年のオリンピック開催に際し、中国が国際社会に対して公約した環境改善の状況を査定したものである。

 国連環境計画(UNEP)は、国際連合のもとで、環境問題に関する諸活動の全般的な調整を行なうとともに、新たな問題に対しての国際的な取り組みを推進することを目的とした国際機関である。

 報告書では、北京市の大気汚染は、世界保健機構(WHO)が定めた安全ラインを下回っていると指摘。国際オリンピック委員会のロゲ会長はこの前に、問題があまりにも深刻であれば、一部の競技を遅らせる可能性を示唆した。

 163ページに及ぶこの報告書は、2000年から2006年までに、中国当局が空気中の主要汚染物、例えば、二酸化硫黄と一酸化炭素の減少に成功したが、2006年に状況が停滞した。空気中の4大汚染物の含有量が上昇、あるいは下げ止まっているという。

 報告書は、新たに発見された問題点を明らかにした。建築現場や、石炭ボイラー、砂嵐がもたらす大気汚染である。関連の汚染物質の濃度は、2000年の水準に相当し、特定の時期において、WHOが定めた安全ラインの3倍を超えているという。

 国連環境計画のスポークスマンは、オリンピック組織委員会や、選手、観衆、北京市民はこれらの問題を憂慮する権利を持っていると述べ、関連のデータは来年のオリンピックにどのような影響をもたらすかについて、具体的な説明を避けた。

 また、報告書は、来年8月の北京五輪までに、現地の大気汚染の状況は大きく改善する見込みはないことを明確にした。

 WHOのクリザノフスキ(Michal Krzyzanowski)医師は、BBCの取材で、「重度に汚染された空気中にいると、深刻な疾病を誘発する恐れがある」と述べ、「心臓病患者は、(もし北京でのオリンピック観戦を計画しているならば)、慎重に考え直すべきだ」と助言した。

 世界銀行の調査報告によれば、全世界で最も環境汚染が深刻な20都市のうち、中国は16都市を占めている。

 クリザノフスキ医師は、「欧州の基準に照らせば、これらの都市の汚染水準はかなり高い。アジアの基準に従っても、中国の都市の汚染は深刻…これらの都市の中、北京市の汚染状況は最も深刻」などと話した。 (翻訳・叶子)

大紀元時報(07/10/27 08:39)

http://jp.epochtimes.com/jp/2007/10/html/d39684.html

 

 予定通りにオリンピックをやりたいIOC。

 環境汚染には過敏に対応する(?)UNEP。

 立場によって意見は違うようですが、本当に中国で北京でオリンピックをしてもよいのでしょうか?

 よからぬことがおきそうな気もしますしね♪

 

 

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2007年10月27日 (土)

中国製の不良薬品、北朝鮮でも死亡被害相次ぐ ― すべては韓国のせい?

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中国製の不良薬品、北朝鮮でも死亡被害相次ぐ

10月25日13時17分配信 YONHAP NEWS

 【ソウル25日聯合】北朝鮮の新義州市場で秘密裏に出回っている中国製の食品や医薬品による被害が相次いでいるもようだ。人権団体の「良い友人たち」が25日に週刊ニュースレターを通じて明らかにしたもので、5日に24歳の男子大学生が頭痛を訴え市場で購入した中国製の薬を服用したところ間もなく死亡した。死亡した大学生は、服用後にすぐに腹痛を訴え吐血し、病院で応急処置を受けている最中に死亡した。解剖の結果、胃に穿孔(せんこう)が開いていた。また15日にも中国製の薬を飲んだ老人の胃に穿孔が生じたが、手術を受け一命は取り留めたという。

 同団体は新義州病院の医師の話として、一部の商人が金もうけを目的に中国から安価な薬を持ち込み市場で販売しているが、そうした薬のせいで1か月に数人が死亡していると伝えている。

 今月中旬には新義州医科大学の学生が死亡から3日後に発見され、調査の結果中国製の不良食品を食べていたことがわかり、別の大学生も同じく中国製の食品摂取により死亡していた。

 これを受け、17日以降は中国・丹東から北朝鮮に持ち込まれる中国製食品に対する大々的な点検が始まっており、即席めん、ガム、ソーセージ、牛乳、キャンディなどから不合格となるものが大量に発生しているという。

 同団体は、北朝鮮全域で中国製不良食品の流通が深刻となっているが、平壌では取り締まりが徹底しているものの、他の地域では傍観するだけというのが実情だとしている。

最終更新:10月25日13時17分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071025-00000018-yonh-kr

 

“中国産医薬品は南の安全企画部の工作”

[内部消息筋] “北の政府10年間繰り返す…販売禁止令も”

金民世記者(新義州出身、2005年入国) [2007-10-26 17:24]

 北朝鮮で頻繁に発生した中国産の医薬品の副作用の被害に対して、北朝鮮政府が該当する品目の販売禁止令を出し、南朝鮮の安全企画部の工作説などで対処していることが分かった。.

 北朝鮮の内部消息筋は"中国から入って来る味付け(調味料)に虫がわいて、シャンチャンという中国産のソーセージを食べて食中毒にかかる事故が多くて、政府で年例行事のようにこうした商品を販売することができないように指示を下す"と言い、"病人が数人出たら、防疫所からやって来て騒々しい"と伝えた。

 この消息筋は"中国の医薬品は北朝鮮の人々も、もうあまり信じない。飲んでもあまり快復しないからだが、最近は薬を飲んで、むしろ病気がもっとひどくなった人までいる"と語った。

 北朝鮮では、中国産の医薬品による人命事故がよくおきる。北朝鮮に中国産の医薬品が最初に輸入されたのは、80年代に中朝国境地域で風呂敷き包み商売が活発になってからだ。

 かつて、中国産の不良医薬品は効果がないことが問題だった。しかし、90年代半ばからは、風邪薬による人命事故が続出した。中国産の風邪薬(解熱剤)を飲んだ後、住民が穿孔のために死ぬ事故が、北朝鮮の多くの地域で同時多発的に発生した。

 対北支援団体である‘良い友’も最近の消息誌で、“新義州の市場で密かに流通している中国の薬を服用して、死亡する事件が相次いで発生した”と言い、“5日に24歳の男性の大学生が頭痛を訴え、市場で中国産の薬を買って飲んだ後、間もなく死亡した”と伝えた。

 消息筋は"こうしたことが発生したら、上(政府)は南朝鮮の安全企画部(現在の国情院)が、中国の人たちにお金を払って、商品や医薬品に薬を混ぜるようにそそのかしていると住民たちに言う"と伝え、"安全企画部が北朝鮮の人も病気にしたり、死なせようと企んでいると言ったら、住民もこうした説明を信じることが多い"と話した。

 中国から北朝鮮に輸入される食料品や医薬品は、多くが値段が安いため、安価な原料や人体に有害な原料が使われている可能性がある。また、流通の過程での非衛生的な管理も、疾病発生の原因になるようだ。

 80年代を前後して、北朝鮮に一番最初に輸入された中国産の薬品は‘ノクテ’という健康食品だった。‘ノクテ’は鹿の胎盤から抽出した成分を加工して作ったもので、初めて北朝鮮に入って来た時、北朝鮮の住民の間で人気が高かった。

 その後、中国産の薬品が大挙北朝鮮に流入した。だが、この時からこうした薬品の人気上昇とともに、低質な薬品の搬入も増加した。 北朝鮮政府は不良医薬品事故がおこる毎に、'韓国の安全企画部の奴らが工作をして、住民を動揺させて、共和国を転覆するために中国産の薬に毒薬を入れた'と宣伝してきた。最近では、中国産の下着に害虫を入れて人民を苦しめているという宣伝までしているという。

 丹東で北朝鮮と貿易をしている業者は、"商品に欠点があるといって、安全企画部の工作だと言う嘘に、まだだまされているというのが理解できない"と述べ、"最近、商売をする人の多くは、品物を安く仕入れて売るので、低品質の商品が入って行って、被害が発生するという事実は知っている"と答えた。

韓国・デイリーNK(北朝鮮専門ニュースサイト)

http://www.dailynk.com/japanese/read.php?cataId=nk00400&num=1339

 

 中国製の低質なくすりが原因で不良医薬品事故が起こっているのに、韓国の安企部に責任転嫁する情けない北朝鮮。

 これが金正日の理想とする国家の姿です!

 

 

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2007年10月26日 (金)

芸術が理解できないチョーセン人 ― ヌード波紋のバレリーナを減給処分

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スターバレリーナのヌード、何故?

 国立バレエ団のプリンシパル、キム・ジュウォン氏(30、女)が上半身ヌードの写真を公開した。

 キム氏は国内トップクラスのバレリーナで、昨年バレエのオスカー賞とされる「Benois de la Danse」を受賞した。保守性の強いクラシカル・バレエの世界を考慮すれば、破格と言わざるを得ない。

 キム氏の写真は、ファッション専門紙「ヴォーグ(VOUGE)」韓国版の10月号に載せられた。公開されたのは、恋人関係のイ・ジョンユン氏(30、国立舞踊団のプリンシパル)と一緒に撮った写真6枚。キム氏がトーシューズ姿でイ氏のひざの上に座ったまま、上半身を完全に露出している写真もある。国内のバレリーナがヌード写真を一般に公開したケースはキム氏が初めて。

 ヌード写真を撮影した理由についてキム氏は「舞踊家は自身の体を通じ美しさを伝える。だが、自分の体が正確にどんな姿なのか、自分自身では分かりにくい。だからカメラに収めたかった。自分の体をそのまま記録、記憶したかった」と語った。また「何よりも、美を追求する芸術家らと共にすることができ、勇気を出した」と付け加えた。撮影を務めた人は、韓国を代表するフォトグラファー、キム・ヨンホ氏。

 キム氏だけではない。ユニバーザル・バレエ団のプリンシパル、カン・イェナ氏(32)もヌード写真を撮った。すでに撮影が終わり、11月に展示会を開く予定だ。カン氏は「どのレベルに露出すべきか、どんな姿が最も『カン・イェナらしいか』について現在悩んでいる」とした。

 これに関連、世宗(セジョン)大舞踊学科の張善姫(チャン・ソニ)教授は「アメリカン・バレエ・シアターの元プリンシパル、アレクサンドラ・ペリーも全裸の写真を公開したことがある。世界的な振付師ジリー・キリアンは、女性の脱いだ上半身を通じ『曲線の美学』を求めたりもした。禁忌を破り芸術の領域を拡張させた、との点から勇気のある決断だ」と評した。しかし、一部では「品位を守るべきなのに、度を越している。エログロだ」としており、議論が広がる見込みだ。

崔敏祐(チェ・ミヌ)記者

韓国・中央日報 2007.10.24 16:10:36

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=92248&servcode=400§code=400

 

舞踊家の「ヌード」…「勇気認める」VS「何故?」議論へ

 国立バレエ団のプリマバレリーナ(バレエ団の最高位の女性舞踊手)、キム・ジュウォン氏(30)がヌード写真を撮影したことをめぐり議論が広がっている。

 ファッション専門紙「ヴォーグ(VOUGE)」韓国版の10月号に、同氏の上半身ヌード6枚が掲載されたこと(中央日報10月24日付・11面に報道)に関連、24日、各種のポータルサイトでは激しい議論が展開された。「芸術に向けた勇気ある行動」と賛成する声と「あえて公開する必要があったのか」と非難する声が交差している。

 キム氏の名前は終始検索ランキングのトップになっている。同誌に載せられた写真の中には、キム氏がトーシューズ姿で上半身を露出したまま破格のポーズを取っている写真もある。キム氏は昨年、バレエのオスカー賞とされる「Benois de la Danse」を受賞したトップクラスのバレリーナ。

 これに関連、国立バレー団は25日、人事委員会を開くとしている。朴仁子(パク・インジャ)団長は「キム氏が事前に撮影計画をバレー団に知らせなかった点について優先的に話しあう」とし「懲戒措置を取る問題については現在としては決まっものがない」と語った。人事委員会にはキム氏も出席する予定だ。

 キム氏のヌード写真は来月中旬に、ソウル・大林(デリム)美術館で開催されるフォトグラファー、キム・ヨンホ氏の個展でも紹介される予定だった。『体(Body)』というテーマの写真展には、キム氏のほかに、ユニバーザルバレエ団・プリマバレリーナのカン・イェナ、国立舞踊団の最高位舞踊手イ・ジョンユン、国立バレエ団の元最高位舞踊手イ・ウォングク、振付師キム・パンソン氏らが登場する写真作品およそ50点が展示される。

 当初の意図とは異なり波乱を起こす状況になったのを受け、カン・イェナ氏は作品の展示を拒否した。写真家キム・ヨンホ氏は「今回の波紋は、韓国社会が体について、どれだけわい曲した考え方をしているのかを示す事件だ」とした。

崔敏祐(チェ・ミヌ)記者

韓国・中央日報 2007.10.25 15:26:18

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=92281&servcode=400§code=410

 

ヌード波紋のバレリーナを減給処分

 ヌード写真で波紋を広げた国立バレエ団のプリマバレリーナ(バレエ団の最高位の女性舞踊手)キム・ジュウォン氏(30)に「1カ月減給」という厳しい処分が下された。

 キム氏は、トーシューズ姿で上半身を露出した破格の写真を撮影しており、この写真はファッション専門紙「ヴォーグ(VOUGE)」韓国版の10月号に掲載された。これを受け、国立バレエ団は25日に人事委員会を開き「キム氏が、バレエ団以外の芸術活動を行なう場合、事前の承認を受けなければならない、という規定を違反した点が懲戒の理由」とした。

 続いて「ただし、キム氏がこの10年間、バレエの発展に寄与した功労や団員として模範を見せた点などを考慮、『1カ月の減給処分』を決めた」と付け加えた。人事委員会に出席したキム・ジュウォン氏は「アートへの理解をさらに深められる機会だと判断し提案に応じたが、結果的に社会にもたらした議論の中心に立つようになった点について遺憾に思っている」との立場を示した。

 減給は、免職・停職につぐ厳しい懲戒措置にあたる。一般的に「減給処分を受ける場合、それ以上の昇進はむずかしくなる」というのが大方の見方。懲戒措置が発表された後、一部では懸念する声があがっている。ある芸術界の人物は「事前の承認を受けていないからといって減給措置を取るのは卑きょう。むしろ、ヌード写真でバレリーナの品位が損なわれたという事由のほうが正直」と強調した。

 舞踊評論家のソン・ギスク氏は「トップバレリーナとしてのキム氏の行動には、議論の余地がある。しかし、それに対し、美学的判断ではない『減給』という行政的処罰を下すのは、表現の自由を抑圧するものであり、国立バレエ団の『硬直性』をあらわにしたもの」と指摘した。

崔敏祐(チェ・ミヌ)記者

韓国・中央日報 2007.10.26 14:27:36

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=92315&servcode=400§code=400

 

 芸術が理解できないチョーセン人は、バレリーナがヌード写真を撮ったというだけで大騒ぎをしています。

 芸術家の表現の自由を奪うなど何の意味もないことですが、チョーセン人は何も理解できないようです。 

 バカバカしいですね♪

 

 

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2007年10月25日 (木)

群衆1000人、派出所襲撃!!

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「不公平」に怒り、派出所襲撃=事故処理めぐって群衆1000人-中国

10月25日13時1分配信 時事通信

 【北京25日時事】中国人権民主化運動情報センター(本部香港)は25日、中国共産党の第17回大会開会中の16日に安徽省池州市で、約1000人の群衆が派出所を襲う事件があったと伝えた。公安当局による不公平な交通事故処理に怒りを爆発させたもので、同市では2005年6月にも同じ原因で1万人規模の暴動が起きている。

 池州市で16日、鉄道建設会社の車が78歳の男性をはね、けがを負わせたが、病院搬送を拒否。派出所も車の持ち主をよく知っていたため処理しなかった。これに憤激した群衆が派出所に乱入したという。

最終更新:10月25日13時37分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071025-00000062-jij-int

 

 群集1000人が派出所を襲撃するなんて、中国人はそんなにフラストレーションがたまっているのでしょうか?

 いつ国がひっくり返ってもおかしくないですね。

 

 

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金正日の気分次第で、罪のない人がすぐに死ぬこともあり、幸運を得て出世することもある。

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金正日の気分次第で変わる人生

[大紅湍発掘秘話] 批判対象から特別管理対象に

申周鉉取材部長 [2007-10-24 15:14]

 2006年1月26日付の連合ニュースは、"金委員長がじゃがいもで有名な両江道の大紅湍郡を訪問した時に、生まれた子供の名前をつけてほしいという妊婦に頼まれ、'息子を生んだら'デホン'とつけて、娘だったら'ホンダン'とすること'を勧めたというエピソードもある"と紹介した。

 2000年3月27日付の労働新聞は、"偉大な領導者金正日同志が、両江道の大紅湍郡の総合農場を現地指導なさった"という題の報道で、除隊軍人'ムン・ウォンシク'の家を訪問して一緒に撮った写真を公開した。この報道にも裏話があった。

 2000年3月24日、金正日総書記が大紅湍郡の分場に新らしく作った除隊軍人の住宅(金正日総書記の指示で除隊軍人1千人が強制的に大紅湍郡の農場に配置された)を見に行った。

 金正日総書記は同行した妻の高英姫氏と、除隊軍人のミン・ウォンシクの家を見学した。家族は金正日総書記の訪問に備えて、数日前から家を飾っていた。

 金正日がミン・ウォンシクの家を見学した時、姙娠6ヶ月だった妻が、“将軍様、これから生まれる子供の名前をつけてください”と頼んだ。

 金正日総書記は顔をしかめて、“自分たちでつければよいではないか”と言った。

 しばらくあちこちを眺めていたら、ミン・ウォンシクの妻が再び金正日総書記に向かって、“将軍様、生まれる子供の名前をつけてください”と言った。

 かんしゃくを起こした金正日総書記はかっと怒った。

 “やあ、お腹の中にいる子供の名前を、 どうして私がつけるのか”

 直ちに護衛員たちが駆けてきて、彼女を制止した。

 家主のミン・ウォンシクと妻は非常に驚いた。しまったと思ったが、手遅れだった。

 金正日総書記が帰ると、ミン・ウォンシクと妻はすぐに、郡の党宣伝部に呼ばれた。“将軍様の前で無礼な要求をした”と批判書を書き、数日間大変な目にあった。

妊婦の管理のために平壌産院の医者をヘリで空輸

 郡の党だけではなかった。村では分場長(大紅湍郡では作業班の班長をこう呼ぶ)と初級の党書記、保衛指導員に呼ばれて、またひどい侮辱を受け、農場員たちの前で思想闘争の対象になった。

 特に、ミン・ウォンシクは党の生活総和と農場員の集会で、“将軍様に無礼なことを言って、ご迷惑をおかけした”と自己批判しなければならなかった。

 当時の状況について、大紅湍郡出身の脱北者イ・キョンヒ(2006年入国)氏は、2007年7月13日に自由北朝鮮放送に寄稿した文章で、“大紅湍郡のじゃがいも農場に集団で住んでいた除隊軍人の後悔”として、“金正日に子供の名前をつけてほしいと言って頼んだ除隊軍人と妻は、党の機関に呼ばれて、将軍様の前で無礼なふるまいをしたと厳しく追及されて、大騒ぎになったという”と書いた。

 金正日総書記が訪問の2日後に大紅湍郡を去り、三池淵のムボン労働者区に向かっていた時であった。

 随行員と大紅湍郡の話をしていた金正日総書記が突然、“そうだ、私に子供の名前をつけてほしいと言っていたのがあるだろう。そのことだが、男の子ならば‘デホン’、娘ならば‘ホンダン’とつければよいのではないか”と言った。

 この言葉を聞いた随行員たちは、“まことに将軍様だけができる立派なお考えです”と口をそろえて賞賛した。

 この一言で、事態はあっという間に180度変わった。あちこちに引きずり回されて批判されたミン・ウォンシク夫婦を除隊軍人たちの前に呼び、“金正日将軍様のお言葉の伝達式”という行事を盛大に開いた。

 その日、平壌から大紅湍郡まで平壌産院の医者6人がヘリコプターに乗ってやってきた。この医師たちは夫人の身体検査をして、異常があるかどうか、精密診断した。

 平壌産院の2人の医師は、平壌に帰らずにミン・ウォンシクの妻の健康管理を続けた。ミン・ウォンシクの妻は一切の労働を免除されて(北朝鮮は姙娠8ヶ月目で休暇を与える)、平壌産院の2人の医師と大紅湍郡の産婦人科の医師の特別な管理を受けて生活した。

 理由は簡単だ。将軍様が名づけた子供に、異常があってはいけないからだ。ミン氏の妻は娘を生み、子供を'ホンダン'と名づけた。

 当時、大紅湍郡の住民たちは、将軍様の恩恵と言って驚いたが、中には'世の中にはおかしなこともあるものだ'と言った人たちもいた。ミン・ウォンシクの妻だけが羨望の的になった。だが、大紅湍郡の党の雰囲気はあまりよくなかった。金正日総書記の現地指導の時には、何かが起こるかも知れず、神経を尖らせるようになったのだ。

 2002年に大紅湍郡の組職書記が現場で解雇された事件はそのハイライトだった。

 金正日の気分次第で、罪のない人がすぐに死ぬこともあり、幸運を得て出世することもある。

 北朝鮮の人々の間ではやっている言葉がある。"長く弱く暮らすよりも、短く充実した人生を生きよう!"

 この言葉には、生活が苦しくて飢えながら長生きするよりは、少しでも出世して、やってみることはすべてやってから死のうという意味がある。

韓国・デイリーNK(北朝鮮専門ニュースサイト)

http://www.dailynk.com/japanese/read.php?cataId=nk01200&num=1323

 

 さすがは金正日! 期待を裏切らないハチャメチャぶりですが、こんなわがままな奴と付き合わなければいけない国民って大変ですね。

 

 

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2007年10月24日 (水)

身の毛もよだつ女の復讐劇!息子の恋人は父がフッた元カノ!

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※ 画像はイメージです。記事の内容とは関係ありません。

身の毛もよだつ女の復讐劇! 息子の恋人は父がフッた元カノ ― 遼寧省大連市

10月24日13時20分配信 Record China

 2007年10月23日、大連の地元紙「新商報」は市内の心理カウンセラーを訪れた哀れな父親の話を紹介した。

 Aさんは昨年、自分より20歳以上も若い彼女Bさんと知り合った。妻を早くに亡くしたAさんは、Bさんに一目ぼれ。夢中で告白して恋人同士になったのだが、半年過ぎると自分のうしろめたい行為が許せなくなり、別れを決意。彼女にこれを告げて、慰謝料を渡したところ、すんなり受け取ったのですっかり安心していた。

 ある日息子が「紹介したい人がいる」と言って家に連れてきた彼女を見てびっくり! なんとBさんではないか? 驚きを必死で隠そうとするAさんに、ニヤリと笑う彼女。幸せそうな息子を見て何も言えなかった彼だが、ついに息子にすべてを告白した。

 その日以来、息子は一言も口をきいてくれず、Bさんは姿を消した。Aさんは息子の心の傷を治すためここへやってきたと悲しげに語った。(翻訳・編集/本郷智子)

最終更新:10月24日13時20分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071024-00000012-rcdc-cn

 

 中国の女性って恐いですね。

 これも4000年の歴史のなせる業でしょうか?

 

 

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ノ・ムヒョン大妄言「北朝鮮に投資しろ!」

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※ 画像はイメージです。

盧大統領「北朝鮮に今投資すれば大きな利益も」

10月24日9時14分配信 YONHAP NEWS

 【ソウル23日聯合】盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は23日、国内の企業関係者らを青瓦台に招いて南北首脳会談に関する懇談会を開き、北朝鮮への投資を促した。

 盧大統領は、北朝鮮への投資にさまざまなリスクがあることは事実だとしながらも、南北関係は世界の歴史の潮流と北東アジアの安保構造の変化とともに進むもので、南北関係は逆戻りしないとの見方を示した。「不便で難しいことがあってもいま投資すれば、のちにもっと大きな利得として戻ってくることもあるのではないかと思う」と述べた。国全体の経済、ひいては全国民の安定と繁栄につながる問題として関心をもって協力するよう求めた。

 懇談会には現代・起亜自動車グループの鄭夢九(チョン・モング)会長、 SKグループの崔泰源(チェ・テウォン)会長、現代グループの玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)会長、サムスン電子の尹鍾竜(ユン・ジョンヨン)副会長、ポスコの李亀沢(イ・グテク)会長、全国経済人連合会の趙錫来(チョ・ソクレ)会長らが出席した。

 懇談会に先立ち、鄭会長は記者らと会った席で対北朝鮮事業について問われ、検討には時間がかかるとした。現時点では難しいという意味かと問い直されると、「見通しは良いと思う」と答えている。崔会長ももう少し検討が必要だと、慎重な姿勢を見せた。

 大宇造船海洋の南相兌(ナム・サンテ)社長は、北朝鮮事業に対し造船業界の中で十分に話し合いはできていないと答えながらも、投資者としては南浦は大きな魅力はなく、安辺のほうが良いとの見方を示した。造船業界の実務者が11月中に訪朝し安辺を見て回り事業環境を検討した上で、条件さえ合えば積極的に推進すると説明した。

 玄会長は、来週中に白頭山観光事業の問題を話し合うため訪朝する予定だと明らかにした。来年5~6月中に着手できるよう準備したい考えだ。

最終更新:10月24日9時14分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071024-00000000-yonh-kr

 

 いつ崩壊してもおかしくない北朝鮮に投資する奴なんかいるわけないのですが、ノ・ムヒョンにはそういう常識は通じません。

 懇談会によばれた韓国の大企業の会長たちも言葉を濁して拒否しています。

 ノ・ムヒョンの任期も残り少ないです。なんとか逃げ延びることも出来るでしょう!

 

 

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2007年10月23日 (火)

じゃがいもはじゃがいも

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金正日 “あれは私が言った言葉か? 今すぐはずせ”

[大紅湍発掘秘話] 'じゃがいもは白米と同じ'スローガン撤去事件

申周鉉取材部長 [2007-10-22 17:16 ]

デイリーNK発掘秘話、“2002年大紅湍郡の現地指導で現れた金正日の2つの顔”という記事が掲載され、この地域の脱北者たちから、当時の金正日総書記の大紅湍の現地指導に関する情報の提供が相次ぎました。両江道出身の複数の脱北者が、当時の事件から3年前に、金正日総書記が大紅湍を現地視察した時の情報を提供してくれました。当時、金正日総書記は除隊軍人の家を訪問した時、妊婦から子供の名前をつけてほしいと頼まれて、デホンとホンダンという名前をつけ、このため両江道ではデホンとホンダンという名前が流行ったといいます。こうした内容は、労働新聞の報道でも確認され、連合ニュースでも紹介されました。当時の現地指導にまつわる話を、脱北者が提供した情報をもとに再構成しました。

 1999年8月9日。大紅湍郡の視察をした金正日総書記が、車窓の外に広がるじゃがいも畑を眺めながら、“間の抜けた奴らだ”と随行した幹部たちに毒づいた。

 じゃがいも畑の入り口ごとに“じゃがいもこそ白米だ!”という大型のスローガンがかかげられていた。

 金正日総書記が1年前にここを訪問した時、幹部たちに'じゃがいもは白米と同じだ'と言ったため、現地の幹部と党の宣伝扇動部が、じゃがいも畑ごとにこのスローガンをとり付けるように指示したのだ。

 いくらじゃがいも農業が重要だと言っても、じゃがいもが主食の米と同じというのは、誰が見ても常識はずれの話だった。金正日総書記は、このスローガンは自分が言ったものだということを忘れていた。

 大紅湍郡のじゃがいも農場の碑石の前で車を止めた金正日総書記は、責任副官に“いったいどんな奴が、あのように言ってまわっているのだ。じゃがいもが白米とはどういうことだ”と言って腹を立てた。

 その後まず、じゃがいもの収穫の作業現場を訪問した。

 車から降りた金正日総書記に向かって、大紅湍郡の党責任書記のキム・ソンジンがかけ寄った。だが、金正日総書記が手を上げて制止させたため、その場で立ち止まった。

"じゃがいもが白米と同じとは話になるか?"

 その瞬間、異常な気配を察したキム・ソンジンは、かみなりが落ちるかも知れないと顔が真っ青になり(彼は幹部たちに“その瞬間、空と大地がくっついて回るようだった”と告白している)、その場に固まってしまった。

 金正日総書記は両手を腰にあてて立ち、しばらく1ヶ所を見つめていた。

 そこには“じゃがいもは白米のようです。金正日” と書かれた大きなスローガン(金正日総書記の言葉を刻んだスローガン)があった。

 スローガンをしばらく眺めていた金正日総書記が突然、大きな声で笑い始めた。

 そしてそこを指して、呆然と立っているキム・ソンジンに、“おい、あれは私が言った言葉か…” と尋ねた。キム・ソンジンは背筋をのばし、“はい、将軍様。将軍様が去年(1998年)の10月1日に大紅湍郡にいらっしゃった時におっしゃったお言葉です”と答えた。

 拍子抜けしたような、困り果てたような表情をしていた金正日総書記は再びスローガンを眺め、“おい、お前たち。いくらそれでもじゃがいもがどうして白米になるというのか。やあ! あれを今すぐはずせ…” と言った。

 金正日総書記の指示を受けたキム・ソンジンはすぐに、“分かりました”と大きな声で答えた後、部下たちに駆けよって今すぐスローガンをはずしなさいと言った。

 金正日総書記のこの発言は、北朝鮮の対南宣伝雑誌、統一文学の2005年1月号に、“1998年10月1日、金正日総書記が大紅湍を訪問した時、‘じゃがいもは白米と同じだ’とおっしゃった”と紹介され、韓国のメデイアでも報道されていた。

 当時、大紅湍郡の住民たちは、金正日総書記が訪問したら外出もできなかった。当時、家にいた住民たちは、急にスローガンを撤去しなさいという指示が伝わると、理由も分からないまま現場に駆け付けなければならなかった。

 金正日総書記の発言は単純なハプニングだけで終わらなかった。金正日総書記がじゃがいも革命を唱えると、両江道だけでなく、他の地域にまでじゃがいも農業をするように指示したため、とうもろこし畑まで掘り返してじゃがいもを植えた。気候的にじゃがいも農業ができない咸鏡南道や平安南北道まで、多くの畑をじゃがいも畑に替えた。

 そして、じゃがいも畑ごとに金正日総書記のお言葉と、‘じゃがいもこそ白米だ’というスローガンを立てさせたが、1年もたたずに宣伝扇動部からそのスローガンを全て撤去しなさいという指示が下った。気候的にじゃがいもの生産量が落ちる咸鏡南道と平安南道は、じゃがいもの収穫高が少ないため、何年も苦労しなければならなかった。

 このような金正日総書記を、盧武鉉大統領は"国政を掌握する能力がすぐれた指導者"と誉めたのである。

韓国・デイリーNK(北朝鮮専門ニュースサイト)

http://www.dailynk.com/japanese/read.php?cataId=nk01200&num=1313

 

 誰がどう考えたってじゃがいもはじゃがいもですが、主体思想で自らは何も考えてはいけない北朝鮮の住民は金正日の思いつきに左右される生活を送っているようです。

 誰がこういう国にしたのでしょうか?

 

 

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2007年10月22日 (月)

「開かれた政治」を目指して、変化を見せる中国共産党大会?

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※ 画像はイメージです。

海外メディアが党大会を語る(1) 透明で開放的

 中国共産党第17回全国代表大会では、海外記者1130人余りが中国のニュースを得ようと会場内外で取材に奔走している。党や政府の幹部らが取材陣の前に続々と姿を見せ、インタビューに自ら応じている。大会開幕の15日から19日までにメディアセンターで取材を受けた各省・各部(省庁)クラスの上層幹部は約50人を数え、過去の党大会をすでに超えている。

 この期間に大会側は、代表団の開放取材活動を30数回、メディアセンターでの記者レセプションを4回、インタビュー活動を100回以上設けた。

 「意外でした。これほど取材が便利とは思わなかった。私たちは『試してみよう』くらいの気持ちでたくさんの取材申請を出したのですが、これほど多く、また早く手配されるとは考えてもいませんでした」。これはボイス・オブ・アメリカのある記者の感想だ。

 受け答えは明確で本心から話し、敏感な問題も避けないというのが、今大会の中国上層幹部に対して海外記者が持つ全体的な印象といえよう。(編集ID)

中国共産党機関紙・人民日報「人民網日本語版」2007年10月20日

http://j.people.com.cn/2007/10/20/jp20071020_78396.html

 

海外メディアが党大会を語る(2) 各討論も公開

 米チャイナ・プレスの副編集長は、「各部長(閣僚)からは、記者の知りたい情報をできるだけ伝えようという気持ちが感じられます。敏感な問題に対しても、各地方の省長や各部の部長は外交辞令を言わない。中国の発展に関しても、成果を語ると同時に矛盾や問題点を避けることはせず、問題解決の方向を明らかにしてくれます」と述べた。

 米週刊誌の記者は、海外記者の取材や報道に対する大会側の利便性や開放度から、「驚くほど急速に進歩する」中国を見たと語る。

 ロシアの経済紙「コメルサント」の評論員は、「過去の党大会に比べ、今回は透明度が高まった。ほとんどすべての討論がメディアに公開され、大会の報道センターはさまざまな単独取材要求にできる限り応えようと手配をしてくれています」と言う。

 日本の東京新聞は、党大会のグループ討論会場や幹部の討論への参加過程がメディアに公開されていることを紹介し、開放的な大会だと報じた。(編集ID)

中国共産党機関紙・人民日報「人民網日本語版」2007年10月20日

http://j.people.com.cn/2007/10/20/jp20071020_78397.html

 

選出過程 変わらず”密室“ 中国党大会

10/21 19:57

 【北京=野口東秀】21日に閉幕した中国共産党大会の特徴は、胡錦濤指導部が“開かれた政権”のイメージを内外にアピールしたことだった。胡錦濤総書記が読み上げた政治報告でも「民主」という単語が60回以上登場し、キーワードになった。しかし、中央委員会の新メンバー選出など重要問題は相変わらず“密室”で行われた。

 党大会では次世代リーダーとなる見通しの李克強遼寧省党委書記、習近平上海市党委書記、李源潮江蘇省党委書記らが記者の質問を受ける時間も設定された。中国では極めて異例の措置で、政権の透明性を印象づける狙いとみられる。

 外国メディア向けに透明性を印象づけることも忘れなかった。政治報告は英語や日本語など外国語に翻訳されたものも配られた。一部の分科会は外国メディアにも公開された。