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2009/07/21

「金正日(キム・ジョンイル)総書記二男・金正哲(キム・ジョンチョル)氏は武器や原爆のない世界を夢見ていた」

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※ 画像はイメージです。

「金総書記二男は武器や原爆のない世界を夢見ていた」
ニューズウィーク誌がスイス留学時代を紹介

 「金正日(キム・ジョンイル)北朝鮮総書記の二男・金正哲(キム・ジョンチョル)氏は、スイスのベルン・インターナショナルスクール在学中、“武器や原爆がない世界”を夢見る作文を書いていた」と米時事週刊誌ニューズウィーク最新号(7月27日付)が報道した。同誌は「北朝鮮のファーストファミリー」に関する記事で、正哲氏のスイス留学時代について特に詳しく紹介した。

 同誌は、「正哲氏は自作の詩や短編小説を書いた。自作の詩の一部は学校の文集で紹介された」としている。1990年代半ば、正哲氏が6年生か7年生のときに「わたしの理想の世界(My Ideal World)」という題名の詩で、「僕がもし、僕だけの理想の世界を持つことができるとしたら、これ以上武器や原爆を許さないだろう。ハリウッド・スターのジャン=クロード・ヴァン・ダムと一緒に、すべてのテロリストをやっつけるだろう。麻薬を使う人をなくすだろう」と書いた。正哲氏が書いた短編小説の題名は「僕の父は幽霊だった(My Father Was a Ghost)」。「父親が幽霊を装い、主人公に付きまとうというあらすじだった」と同誌は報じている。

 学校側は「パク・チョル」という名前で入学した正哲氏について、「4年生だった1992年秋、当校(スイスのベルン・インターナショナルスクール)にリムジンで到着した。4年生にしては年齢が高そうに見える生徒と一緒だった」と同誌に語っている。少年二人は同年のクリスマスパーティーにも出席したが、英語ができないので、自己紹介ボードを持って立っているだけだったという。翌年1月には、そのときまでよく着ていた安っぽいポリエステルのトレーニングウエアではなく、ジーンズをはき始めた。ニューズウィークは、「年齢が高そうに見えた生徒は正哲氏のボディーガードだった」と報じている。

 正哲氏は内気で物静かなタイプだった。弟の金正雲(キム・ジョンウン)氏同様、バスケットボールが大好きで、アメリカのバスケットボール・チーム、シカゴ・ブルズのファンだった。しかし、本人はバスケットボールが得意ではなかったようだ。「同校のバスケットボール・チームに入ったのは、正哲氏のボディーガードだった」とニューズウィーク誌は報じている。

申晶善(シン・ジョンソン)記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

<Copyright (c) 2008 The Chosun Ilbo & Chosunonline.com>

http://www.chosunonline.com/news/20090720000021

 

 金正哲の父親は、原爆もテロも麻薬もやってますね。

 これでは世襲できなくて当然でしょうか~?wink

 

 

 

 

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